春の気配があふれ出す3月下旬。きりん舎では「ワークセンターとよなか」そして「ふなや吉兵衛と仲間たち」からの作品が同時に展示されました。ワークセンターとよなかの展示は2015年3月に続いて2年ぶり、ふなや吉兵衛と仲間たちは今回初の展示となります。
きりん舎に入るとわいわいとにぎやかな声が聞こえ、ワークセンターとよなかから大勢が遊びにきていました。前回の展示でお会いした作者の方々も参加しており、懐かしい再会で筆者にとっては大変楽しいひと時でした。
1階は「ワークセンターとよなか」の展示作品が並べられています。ここの施設の特徴は一言でいって「多様性」。絵画あり、織物あり、陶作品あり、ぬいぐるみ人形あり…と作者一人一人の個性がバラエティーに富んでおり、それぞれが語り掛ける世界は、作品のテーマとなる題材も、表現手法も、ムードも、手の使い方さえも、他の人と全く異なっており、見た目にも明るく楽しい展示空間となっています。
渡辺悠太郎さんは、誰もが良く知っている世界の絵画や図像をデフォルメし、登場人物の顔はすべてポップなイラストタッチな鶏に返信させます。大づかみに捉えられた形態は清々しいのですが、名画の登場人物がことごとく雄鶏のコッコくん、牝鶏のコッキちゃんに置き換えられていきます。ビートルズの有名なレコードジャケット「アビーロード」もジョン、ポール、ジョージ、リンゴ・スターみな服装はそのままですが、顔だけコッコくんにすげ替えられ、作者の謎の意図がなぜだか可笑しいことになっています。ダヴィンチの「最後の晩餐」やフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」も文脈の無視っぷりが見事。下絵を描くと聞きましたが大きなパネルも割と苦労なく描いているようにも見え、あっけらかんと明るい画面が魅力的です。
山本信明さんの「富士山」は、山と思しき稜線をブロックに分け、そのブロックごとに地図の等高線のような細い線を色えんぴつで引いて重ねています。色とりどりの色鉛筆の線は、曲線を描きながら間隔はぴたりと等幅を繰り返すことで立体的なうねりが生まれて、見る者を心地よい線の旅に誘います。あまりに繊細すぎて写真ではその美しさを再現できないのが残念です。
市賀妙子さんは前回も優しく綺麗な花を描く作品を見せてくれましたが、今回は花だけでなく魚や鳥を描いた作品も披露。図鑑を見て多くの種類をきれいに羅列する作品も登場し、博物学的興味が広がるのが感じられました。静かな無風の心象風景を感じさせた作風から、「ひまわり」や「カワセミ」など形の表し方に市賀さんなりの世界の捉え方を伝えようとする態度があり、何か動的な解放性も見えてきました。
岩尾寛士さんの「はなちゃん」は、ぬいぐるみのフェルト人形たち。本体にはちゃんとした洋裁の仕上げで服やアクセサリーが着けられています。聞けば最初は小さな人形作りから始めたところ、だんだんと大きな作品に挑戦するようになったらしい。大きな人形は小さな人形の型紙をコピーで拡大して作られているそうで、最近ではそれが4倍、6倍と巨大化しているそうです。表情はどれも優しく、誰しもが心に求める想像上の友だちのような慰めを与えてくれます。
今井勇さん、今回はお会いできませんでしたが、ほのぼのとした作品群とご本人の抜群のおしゃれファッションセンスがとても印象に残っていました。今回は絵画だけではなくニット作品も見られ、「空飛ぶじゅうたん」は、かなり大きな下地布に、今井さんが時間をかけて編みためたニットパーツを縫い付け構成するコンポジション。色や形を組み合わせて空間を捉える力は卓越しており、今井さんという人の存在が作品の輪郭に現れています。
前回はギターや机、引き出しの木箱など、何にでも描くといった作品から野心的な挑戦で楽しませてくれた宮崎博明さん。今回はメディアをぐいっと転換して素焼きの陶土にペイントマーカーで色付けしたレリーフのような立体作品にチャレンジです。カラフルで楽しい作品づくりは前回と変わらず。「カジュアルな海」など大好きな魚や海に題材を取ったといいながら、頭に浮かぶイメージそのままに素早く手が動くのだろうと思わせます。最近は新聞紙を着色する作品に取り組んでいるともいい、相変わらず跳躍する心の闊達さを感じました。
「ふなや吉兵衛と仲間たち」の作品を展示した2階では、京都府の丹後地方にある久美浜町の漁師だったふなや吉兵衛さんの作品を中心に、仲間を含む作品群が展示されていました。吉兵衛さんの趣味の絵描きが高じて、仲間を集めてともに描くことをはじめたのがこの集まりのきっかけです。吉兵衛さんのほか、吉岡英子田中志保さん、木下美紀子さん、西健司さん、田村弘志さん、前田一行さん、井上勝さん、下小田勇さんらの展示は絵を描く楽しさにあふれていました。
筆頭株の吉兵衛さんの作品は、自信を感じさせるしっかりとした筆さばきで、想像力を羽ばたかせ、画面の中で時間を自由に行き来していました。鮮やかな色も不思議な造形もためらいなく表現されていて好感がもてます。仲間たちの絵もそれぞれの個性が遺憾なく発揮されており、イチゴの絵と文章を組み合わせたもの、ゴリラ、想像上の鳥の飛翔、など、老若男女が楽しくいきいきと活動されていることが十分にうかがわれました。






風がにわかに冷たくなり、秋の庭も風情深まるきりん舎。このたびは舞鶴市のみずなぎ学園と城陽市の南山城学園 円の同時展示を行いました。
1階手前にはみずなぎ学園の刺繍作品。これだけまとまった刺繍を見るのは、きりん舎でも珍しいパターンです。タペストリー状の大きい作品、小品、カボチャやテントウムシといったモチーフが一目みてわかるもの、幾何学パターンのデザインにかわいい花や動物を並べたもの、また抽象的な模様から色の波が紡ぎだされるようなものとさまざまなタイプの刺繍が並べられています。カボチャをモチーフにした作品は、立派なカボチャの実を画面いっぱいに配置。縫い目を重ね、巧みな色使いで野菜の色のグラデーションを表現していて見事です。形を単純化して取り出し、明確に見せる技に確かな腕を感じます。
かわいい子どものような人物二人が並んだ作品は、1cm程度の幅を保ちながら、刺繍糸をリボン状に繰り返し、色を表現しています。刺繍糸も太めですが、常に同じ調子で繰り返す縫い目によって、縫われていない部分の下地が輪郭として表れて力強い表現になります。繰り返し縫われた布にはしわが寄り、スタッフの方によって綿が入れられ立体的な仕上がりになりました。刺繍表現として誰にもまねできない個性を感じます。
赤い下地布に細い糸で小さく縫い付けられたぬいぐるみのような2匹の動物。熊と犬に見えました。2mm程度の繊細な縫い目で一見目立たないですが、数色の糸をよった刺繍糸を使っているのが鮮やかな下地布に際立ち、近寄って見るにつれて糸が浮き上がって全く違うイメージが広がります。この作品のように、いくつか違う色を一緒によって縫い込む作品がいくつか見られ、複雑な色合いを表現して効果を上げてみえました。縫い目の一目一目が下地を覆いつくすように縫い付けられ、圧倒的な波となってうねって見る人に迫ってきます。一糸にこめられた集中力の高さは鋭い緊張感をはらみ、他者としての存在を強く意識させます。
奥へ進むと、次の間には南山城学園の絵と陶の作品群が所せましと並んでいます。絵はクレヨンなどを使って画用紙や木板の表裏両面に描き殴った作品など、多彩なとりあわせで質量ともに見ごたえがあり、作り手の個性を強く感じさせる作品が集まっています。陶作品のいくつかは成形するというよりも、指で押してみる、ほじくり続ける、ごろごろと転がす…といった手の跡が如実に残る土の塊。手に伝わる感覚に没入し、それが知覚のほとんどすべてになりかわる時間を追う気持ちが理解できます。









NPOスウィング 「オレたちひょうげん族」 からの「Not ART BRuT.」。きりん舎の庭の木々も生い茂り、蒸し暑くなったこの日、会場には大勢の人が訪れ、文字通り熱気ムンムンの一日となりました。絵画以外にも数多くの詩が展示され充実のボリューム、また作家のQさんとXLさんによる、似顔絵コーナーあり施設長の木ノ戸昌幸さんのトークあり、盛りだくさんの1日でした。

1階奥の間に飾られたAckeyの「男前な黒豚」「マリリン・モンロー」「口の中を噛んでしまったチンパンジー」「悩んでいるメンフクロウ」他6作品。描かれた題材が本人にとっての何を意味するのでしょうか、ありのまま差し出された作者と対象にある関係の謎の不思議。直裁な観察を手に伝えた作者にとっての現実が、見る者に引き起こす違和感の不思議。いや、もしかしたらそう見えるかもしれないと思い始める不思議。「湖面に映りそこなった富士山」「お尻を出し過ぎた女」を見ると、画面の分割方法には一種のパターンがあり、これも作者にとっての現実を憶測させる面白さがあります。
2階の最後の間を締める矢田陸雄さんの展示は、「黒髪が日に灼ける」「向こう側を見ている」「スフィンクスの苛立ち」「こっちへ来いよ」他5作品。黒地の紙に輪郭を軽く描いて、面を塗りつぶしています。黒地を輪郭線として残し、2~3色という限られた色数で光の部分を塗りつぶすのでネガフィルムのような味わい。また、かすかな塗り残しが版画のような手触りをつくります。偶然に選ばれたモチーフも見る側の意識を揺さぶる効果を上げており、「国技館の熱狂」は前面に二人の力士のぶつかり合いが固まりとなり、背景に引いたトーンで描かれた行司のわずかな表情から奥行きが感じられて、それぞれのドラマを見せています。
増田政男さんの「Tバック」、辻井美沙さんの「能天気」、吉村千奈さん「おいしいよ ばんごはんより あさごはん」のような心に浮かんだことを率直に、つぶてを投げるように言葉を吐き出したテキスト作品。本人にとっても面白く、また人をも笑わせたいのか、おならやちょっとエッチなことが書いてあると、思わず笑ってしまい心に風穴を開けてくれます。普通の考えに愛嬌をまぶして作者の人となりを垣間見せる一方、Qさんの「こわい物」「障害者」「多すぎる」などでは不安、望み、閉塞感なども表され、世間の矛盾を鏡で映しだすような言葉が並べられていました。
テキストで一番展示の多かった向井久夫さんの作品は「おなら」「おなら」「おふろのたのしみ」「スケベ」「そら」「どこまでも」など。かわいいめだか同士のキスを見る「めだか」で作者の目が印象に残りました。かなえさんの「やさい」は、なんでも好き、食べると言いながら、最後はピーマン、アボカド、セロリと結局3つも嫌いと結ぶおもしろさ。西谷文孝さんは、それがどうしたとツッコまれそうになりつつ良かったなという展開の「雨もり」など、ほのぼのとした口調の中に言葉の背景にあった機敏に思いいたります。Gさんの「やさしくだきしめて」は、短くキャッチ―でカッコよかったです。
「表現は変わる。人も変わる。」と題したトークでは、スウィングの施設長である木ノ戸さんが、施設の立ち上げや概要紹介、カギとなったXLさんやQさんとの13年前の出会い、10周年を迎えた施設の変遷や、それぞれの人の個性など、日常のスナップ写真を交えて紹介。作業所の様子を淡々と示した写真は、創作活動や表現活動はスウィングの日常活動の積み重ねからうまれる一部だと示しているように思われました。また、それぞれの作者の絵と関わり始めから、現在に至る作風の変化もエピソードを加えて紹介。絵を描く行為に没頭し、表現も大胆さと注意深さを備えていく過程がよく伝わりました。活動会員が誰にもまねのできない作品を作るようになった展開に注目した木ノ戸さんの視線は、一方的な解釈を加えることなく、一人一人の個性と向き合うスウィングの目指しているところのありのままを知ってほしいという気持ちがよく表れているように思いました。


